旅籠 寺田屋

伏見京橋南浜町にある旧船宿で、現在もその遺構をを活かして旅館が営まれています。

この地はかつて淀川三十石船の発着地点であったため、付近には寺田屋のような旅籠が他にもありました。

現在では寺田屋1軒だけが現役です。

江戸末期には、坂本竜馬や薩摩藩士が定宿にしていたことでも有名です。

寺田屋で起こった事件として、薩摩藩士の同士討ちの悲劇が起こった「寺田屋事件」や坂本龍馬が伏見奉行の捕方に襲われた「龍馬襲撃」があります。


【寺田屋事件】

文久2年4月(1862)有馬新七らをはじめとする薩摩藩討幕派は寺田屋に集結し、皇妹和宮を将軍家茂に降嫁させようと目論んでいた京都の関白九条尚忠・京都所司代酒井忠義を襲撃することを計画していた。

そのころ尊皇攘夷派の取り締まりで兵1000人と京都へ乗り込んでいた島津久光は、襲撃を取りやめるよう説得の使者(奈良原喜八郎ら9名)を出した。午後10時半頃到着したが、有馬新七との会談は決裂し、薩摩藩同士の斬り合いが始まった。

結果、有馬新七、柴山愛次郎、橋口伝蔵、橋口壮介、弟子丸竜助、西田直五郎が死亡、田中謙助、森山新五郎左衛門の2人は重傷、翌日伏見の藩邸で切腹を命じられた。


【龍馬襲撃】

慶応2年1月23日(1866)寺田屋に宿泊していた土佐藩出身の坂本竜馬と長州藩士三吉慎蔵は、伏見奉行の捕手にかこまれ、数名は2階に上がろうとしていた。

異変に気づいた入浴中のお竜(のちに妻)は2階に駆け上り、竜馬に知らせた。

竜馬と三吉は大乱闘の末、負傷しながら屋根づたいに戸外に出て、車町から堀川端にたどりつき、命拾いした。

・営業時間 10:00-15:50
・定休日 1/1~1/3
・見学料 400円
・最寄り駅 京阪本線「中書島」より徒歩5分/京阪本線「伏見桃山」より徒歩8分/近鉄京都線「桃山御陵前」より徒歩8分
・地図 http://goo.gl/KN9U2m
*情報は記事を書いた時のものです。
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