阿波橋町

アワバシチョウ/現在の油掛町通りで壕川の西

蜂須賀 阿波守 至鎮(ハチスカ アワノカミ ヨシシゲ)の屋敷跡

天正13年(1585)蜂須賀家政が豊臣秀吉から四国征伐の戦功に対して阿波国17万5,700石、関ヶ原の戦いで家政は豊臣秀頼に領国を返上剃髪して高野山へ、嫡子至鎮は徳川家康の下(モト)に馳せ参じ、戦後家康は至鎮に改めて阿波国を与えた。

元和元年(1615)大阪夏の陣に卓越した戦功をたて、淡路国を加増され25万余石の大名となる。

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