横大路三栖池田屋敷町

ヨコオオジミスイケダヤシキチョウ/現在の関西電力の変電所のある場所

池田三左衛門尉輝政、池田武蔵守利隆(輝政の嫡男)の屋敷跡

池田輝政は天正12年(1584)小牧・長久手の戦いには父恒興とともに豊臣方につく、この戦で父・兄の没後大垣城主となる。

同18年徳川家康の関東移封のあと、三河国吉田城主となる。

慶長5年(1600)関ヶ原の戦には福島正則らとともに徳川方の東海道先発隊として西上し、緒戦の岐阜城攻略で戦功をあげた。

その功により播磨国姫路52万石の城主となった。

輝政は徳川家康の息女督姫を継室としたため督姫の生んだ忠継には幼少ながら同8年備前国28万石が、忠雄に同15年淡路国6万石が与えられた。

輝政の死後(同18年)嫡子利隆は42万石を受け、残る10万石は督姫化粧料の名目で備前国岡山藩忠継に加えられた。

利隆をへて光政が襲封、幼少のため元和3年(1617)鳥取に移された。

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