幕末の慶応4(1868)年1月2日、鳥羽伏見の戦いが始まる前日夕刻、会津藩の先鋒隊約200名が伏見京橋に上陸、ここ伏見御堂を宿陣としました。
翌3日、薩摩藩との間で小競り合いをしている最中の午後4時頃、鳥羽方面から聞こえる一発の砲声に触発され、御香宮の東の高台に据えた薩摩藩の大砲が火を噴き、伏見奉行所を攻撃したことから伏見の町でも戦いが始まりました。
本堂の畳を楯に鉄砲の撃ち合いがあったともいわれ、建物は大きな損害を受けたと伝えられています。
(碑文より抜粋)
石碑の場所は東本願寺伏見別院前にあります。
・最寄り駅 | 京阪本線「伏見桃山」徒歩3分/京阪本線「中書島」徒歩5分/近鉄京都線「桃山御陵前」3分 |
・地図 | http://goo.gl/7dDPfW |