御香宮神社

伏見城を築城した豊臣秀吉やそのあとをうけて伏見城で政事をとった徳川家康にゆかりある神社です。

伏見城の大手門だったと伝わる「表門」、伏見城の車寄と伝わる「拝殿」(割拝殿形式で両脇の蔀戸(しとみと)と正面の唐破風下の飾り彫刻)、徳川家康造営の「本殿」(五間社流造り)は現在もその姿を残しています。

わき水の御香水は『名水百選』に認定されています。


【御香宮の由来】

主祭神 神功皇后(じんぐう)

元は御諸神社(みもろ)といい、昔の御香宮は現在地とは違うところに位置した。

社伝によると貞観4年(862)、境内から香のよい水が湧き出て、病人がこれを飲むと病気が治ったので「御香宮」とする説、もうひとつ弘仁14年(823)、筑前の香椎宮より神功皇后を勧請したとする話から「御香宮」とついた説がある。また神功皇后の朝鮮侵攻による神話にあやかるためか、豊臣秀吉は太刀を奉納して朝鮮侵攻の成功を祈り、御香宮を参拝している。

文禄3年(1594)、秀吉が伏見城築城のさい、鬼門の守護神として、社殿を移し社領300石を与えられた。

関ヶ原の戦いののち、徳川家康が天下をとると、慶長8年(1603)、再び旧社地にかえり、慶長10年には家康寄進の本殿が完成した。

慶応4年(1868)の鳥羽の小枝橋付近でのアームストロング砲の音をきっかけに「鳥羽・伏見の戦い」が始まった。その際「御香宮」には薩摩軍(官軍)が陣取り、伏見奉行所にたてこもる幕府軍や土方歳三にひきいられる新撰組にたいして攻撃した。

幸い「御香宮」は戦火を免れている。

・参拝時間 9:00-16:00(石庭)
・定休日 不定期(石庭)
・拝観料 大人200円・学生150円(石庭)
・最寄り駅 京阪本線「伏見桃山」徒歩2分/近鉄京都線「桃山御陵前」2分/JR奈良線「桃山」徒歩5分
・url http://goo.gl/NBxu2U
・地図 http://goo.gl/1jsGdp
*情報は記事を書いた時のものです。
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