桃山井伊掃部東町

モモヤマイイカモンヒガシマチ/現在の京都教育大学付属桃山中学校

井伊掃部頭直孝の屋敷跡

(以下「桃山井伊掃部西町」と同じ)

直孝の父直政(兵部少輔)は徳川家康に仕え天正10年(1582)家康の甲州経営に尽力(ジンリョク)し、旧武田家臣を抱え、同12年小牧・長久手の戦に家康の旗本として出陣するなど、徳川四

天王の一人として活躍。

家康の関東移封後、上野国箕輪城主となり12万石を領し、また関ヶ原の戦いの功ににより加増され合計18万石の大名になった。

直政の次男直孝は大坂冬の陣では天王寺口で戦い、元和元年(1615)病身の兄直勝(直継)に代わって家督を相続、父直政の領地近江国のうち15万石を領して彦根城に住む。

夏の陣でも大功により5万石を加増、さらに同3年5万石を加増され25万石の大名となる。

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